【人に伝えるということ】


昨日は、自分が普段やっている、
施術のスキルを伝える講座日だった。

 

といっても、相手はみんな国家資格を持ち、
自分の治療院を持って開業している、
その道のプロ達。

 

だからこっちも、
資料作成はもちろんのこと、
伝える順序や説明の仕方、実技と知識のバランス構成、
時間配分、前回までの内容を元にした習熟度の確認、
次回までの課題と注意点のピックアップなど、
1回やるだけでも相当の気力と体力を使い、頭もフル稼働。

 

それなりのお金をもらっているし、
相手にしても決して安い金額ではない。

こちらも本気で伝え、
出来るようになってもらうところまで面倒みるという、
責任がある。

 

ただただ教えるだけなら、そんなに難しくない。
ってか、簡単。

だって、目的が教えることだとすると、
言い方を変えれば、
相手が出来るようになるところまでは、
責任を持たなくてもいいわけだ。

 

もちろん、最初は教えることが必要。

知ってもらい、
わかってもらうところからまずスタート。

 

でも、ただ知ってわかるレベルと、
そこからやろうと一歩踏み出し、
自分で出来るようになるレベルとの間には、
とてつもなく大きくて高い壁がある。

 

だから、
相手に対して教えるところまでで終わるのと、
相手が出来るようになってもらうまで関わるのでは、
こちらが請け負う責任や覚悟、
必要となるエネルギーもケタ違い。

 

本気でやる人だけに伝えてるから、
こっちも手は抜かない。

それに、手を抜くような程度のことなら、
別にやらなくてもいいしやりたいと思わない。

 

自分が本気になれないなら、
それは相手にも伝わらない。

伝わらないなら、
相手も本気にはならない。

お互い本気じゃないと、
やっててもなんかつまんない。

 

う~む、
「教える」と「伝わる」
の差って、
けっこう大きいですな~!

 

自分が何かの勉強会やセミナーに参加するときも、
そうやってみてる。

 

“この人、どこまで本気なのかな~?
どんな覚悟でやってるのかな~?”

 

もちろん、
相手の本気さにフォーカスを当ててるだけあって、
責任とってくれって言って、
相手に依存する為じゃない。

 

何かを伝えてもらうなら、
本気の人から話を聴いて、実感したい。

ただ、それだけ。

 

やるなら本気でやりたい。

ただ、それだけ。

 

だから、
一緒に何かやるなら本気の人とやりたい。

 

時間は無限じゃないからね~。
無駄にしてる暇ないからね~。

 

なんだかようやく、
スロースターターな自分にもスイッチが入りだしたかな?